ご機嫌もななめ。

2002年3月8日
さて、今日は完全自由行動。

でもあたしたちは、ピサの斜塔観光をオプションでつけていたので、午後からはピサへ。
 
 
 
午前中はドゥオモ周辺をぶらぶら。

雑貨屋さんをのぞいたり、ちっちゃな商店をのぞいたり。
 
 
で、お昼を軽くすませて、集合場所へ。
 
 
 
ピサの斜塔は、イタリアに行くからには絶対行きたいと思ってたところで、3人ともわくわく。
 
 
でも、行きのバスの中では思いっきり爆睡。 
 
着いたと思ったらまだまだ斜塔は見えず。
 
 
しばらく歩くと、見えてきました。
 
 
 
おぉ、斜めだぁ!
 
 
 
最近修復作業が終わったというこのピサの斜塔。

日本で予約して行ったからには当然登れるものとあたしたちは思ってた。
前日までは。

でも、このオプショナルツアーの締め切りが昨日だったってことを知って、登れないことは覚悟してました。

しかも、現地で料金を払ってた人もいたんだけど、その人たちとうちらが日本で払った料金に3000円近くも差があったの!

 
 
もーう、ほんと納得いかなかった。
 
 
斜塔には1日250人?だかしか登れないらしくって、それも朝いちで予約券を取っても登れるのは昼過ぎになるとのこと。
 
 
でも、せっかく日本から予約していったからには、登りたかったぁ。


本物のピサの斜塔は、思っていたよりも、斜めではなかった。
 
 
で、近くにある大聖堂の内部とか見学して、斜塔と写真を撮って、あっさり終了・・・。

 
 
これであんなに料金とるのか???
 
 
 
で、フィレンツェまでまたバスで戻ってきて、夕食の時間。
 
 
今日は、あたしも友達もでっかいブランドの紙袋を持ってたので人目が気になって怖かったから、早めに夕食をとって帰りました。
 
 
 
ちなみにこの日もたまたま入ったレストランに日本語メニューが置いてあった(笑)

 
 
この日は旅行中、一番印象の薄い日。

憧れのピサの斜塔を見たにもかかわらず。
 
 
いちばんうれしかったのは、ずっと欲しかったバッグを買えたことだわ(笑)
 
 

朝6時に起床。

バスで4時間かけてミラノからフィレンツェまで移動です。

午前中は移動でつぶれて、午後はツアー者全員で市内観光。
 
 
 
個人的に、すっごく楽しみにしてたフィレンツェ♪
 
もう頭の中にはかすかにエンヤのメロディが流れてきてます(笑)
 
 
 
バスで移動中、景色を眺めたり、お菓子食べたりして過ごす。
 
 
 
 
 
と・・・・・・
 
 
 
 
 
 
高速道路走行中、急にバス停止。

 
 
 
 
 
どうやら、事故らしい。
 
うちらのバスの5,6台先で、何かが起きた模様。

 
 
 
しばらくバス停止。

 
 
 
そうすると。
 
 
イタリア人っておもしろいの。

 
みんな車から降りてきちゃって、道路とかに寝っころんだり、座ったりして、陽気におしゃべりしちゃってる。
 
 
 
これが日本だったら、きっとクラクションの嵐で、みんな車の中でイライラした表情でただ待ってるだけなんだろーなーなんて思っちゃった。


あたしたちもバスの窓から外にいるおじさんたちと交流しつつ、バスの中で待っていた。
 
 
 
やっとバスが動き出して、再出発。

 
今まで車から降りてくつろいでたイタリア人も慌てて乗り出す。

イタリア人は運転が荒くて、でもすごい上手い。

 
だから、中には車から降りてずいぶん後方までお散歩しに行っちゃてた人もいたらしく、車だけおきざりになってたのもあったんだけど、みんなうまーくよけていくのね。
 
 
で、肝心の事故現場といえば。

 
 
 
どうやら、高速の上を通っている道路からトラックが落ちてきたらしい。
 
 
 
運よく、その時下の道路は一台の車も通過してなかったみたいなんだけど、もし通過してたら大事故だったよ。
 
 
ましてや、うちらのバスの上に落ちてきたりなんかしたら・・・・。

 
 

 
こわこわ。
 
 
 

 
そんなこんなで、遅れつつもフィレンツェ到着。

フィレンツェでは、ウフィッツイ美術館見学、シニョーリア広場、ドゥオモ、そしてフィレンツェの街並みを見下ろせるミケランジェロ広場へ。
 

 
まずホテルに荷物を置くために立ち寄って、その途中にミケランジェロ広場に行った。
 
 
もうね、なんともいえなかったよ。 
 
 
 
 
フィレンツェの街並みがほんとに一望できて、あの統一感のある街並みのきれいなこと。
 
 
ほんとに言葉では言い表せないほどの素晴らしさだった。
 
 
もうこの頃には頭の中にエンヤががんがん流れてたね。
 
 
でも、残念なことに、移動中事故にあったばっかりに美術館見学の予約の時間に遅刻しそうになってて、この広場にいれたのはわずか5分(泣)
 
 
もう一日中でもこの風景を眺めていたかったよ。
 
 
 
 
バスに乗り込んで、急いで美術館に向かう。 

美術館には、数々の有名な作品があり、現地の日本人ガイドさんに案内されて室内を見学した。
 
あたしはあんまり絵とかって興味ないんだけど、やっぱり何世紀も前の著名人が描いた作品なんだと思うと、興味深かった。

 
その後ちょっと歩くと、見えてきました!
 
 
ドゥオモだぁぁ。
 
 
この日のフィレンツェは快晴。
青空の中にたたずむドゥオモはもうほんとにほんとにキレイだったよ。
 
 
ガイドさんの説明も聞かず、しばしぼーーっと眺める。
 
 
内部も見学して、シニョーリオ広場でダビデ像のレプリカと同じ格好して写真を撮って、警官にうっとりしつつ、もう夕方。

 
警官って景観じゃなくてね。
 
某N嬢のお言葉通り、ほんとのほんとにイタリアの警官はかっこよかった!!
 
びしっとしててさー、顔もキリっとしててさー。

惚れたよ、ほんとに。
 
 
 
 
さて、夕方からは自由行動。

 
でも夕方から特に何ができるってわけでもなく、ジェラート食べて、広場でまったりしてから街をぐるぐる歩いてみた。 
 
ミラノの街中には全然スーパーみたいなのがなくって、うちらはスーパー巡りも楽しみにしてたもんだからがっかりだったんだけど、フィレンツェには多少、小さい商店みたいなのがあったので、そこでお菓子やパスタを買い込んだ。
 
 
夕暮れのベッキオ橋をバックに写真を撮って、その後夕食。
 
 
たまたま入ったお店が日本語のメニューもある店で、そこで今日はみんなでいろんなものを頼んで分けて食べようということになった。

 
これは正解。

イタリアの料理ってほんと量が多かったように感じる。
 
パスタ、ピザ、サラダ1品ずつしか頼まなかったけど、お腹いっぱいだったもん。

 
 
その後、タクシーでホテルへ。
 
 
フィレンツェのホテルは、別館のロッジみたいなところ。
 
でも広すぎて、なんか怖かったよ。
 
 
そして事件が!
 
 
友達がお風呂に入って、残りのふたりで今日買ったおみやげ類をパッキングしてたら。

 
「えーーーーあかない!!」
と、Sの声が。

どうやら、ユニットバスの入り口のドアに鍵をかけたら、鍵をまわしてもドアが開かなくなってしまったらしい。
 
 
 
そこからどうやっても開かないので、あたしとMはフロントの人を呼ぶことに!

「プリーズカムヒア」
でいいのか??

とりあえず、これで通じたらしい(笑)
 
 
ろくに英語もしゃべれないあたしたちは、ほんとに苦労したよ。

お店でもひたすら英語で(しかもかたこと)
「ハウマッチ?」「プリーズディスワン」「アナザーカラー?」
しか使ってないしね(笑)
 
 
で、無事に部屋にホテルの人が来てくれて、マスターキーで開けてくれた。
 
 
その後は、鍵の開け方講座。(イタリア語)
 
 
うんうん、といかにも理解したかのようなあたしたち。

ホテルの人が帰った後、この鍵はしめないことにしようと決意したのでありました。
 
 
 
そんなこんなでフィレンツェの夜もふけてゆく。
 

雨のミラノ。

2002年3月6日
イタリア周遊の旅、実質的には第一日目。

記念すべき(?)この日。


 
なんと、雨・・・。
 
 
 
旅立ち前に荷造りをしているときに、折りたたみ傘が見つからず「多分使わないと思う」などと根拠のない思い込みによって傘の捜索をやめようとしてたけど、探し出して持ってきてよかったぁ。


この日向かったのは、ミラノのスフォルチェスコ城、スカラ座広場、ヴィットリオ・エマヌエル2世アーケードを抜けて、ドゥオモ。
 
 
 
スフォルチェスコ城は、ルネッサンス期の建造物としては、ミラノで最大の歴史的建造物だそうだ。

 
建築を学んだ3人、ここでぐぐっと興味をしめすかと思いきや、雨宿りしてたネコと記念撮影してみたり、説明さえあんまり聞いてないし(笑)

 
でもなかなか趣のある建物で、けっこうじっくり見てしまいました。

 
このあたりからやっとイタリアに来たんだって気がしてきて、ハイテンションになる3人組。

ハイテンションになりすぎて、城に併設されてる美術館では、係員に注意を受けるしまつ・・・。
 
 

中には彫刻がたくさんあって、まぁ、それなりに興味をしめしつつ、流す。

なぜか順路を逆流して入り口から退出し、集合時間になるまでまたネコと写真撮ったり、ネコばっかりじゃなくて、自分たちも撮ったりして過ごしました。


 
 
次に向かったのはスカラ座広場。

まぁ、なんてことありませぬ、スカラ座がある広場ね。

そのスカラ座は、イタリアが世界に誇るオペラ劇場なのだそうだが、改装中?だかで中には入れず。

 
雨だったので、アーケードは快適快適♪

 
でも、床が大理石で普通でもすべりやすいってのに、雨でますますすべりやすくなってて、大変。

このアーケードは十字型で、ガラスと鉄でできたドーム型の天井がとっても素敵でした。

アーケードに入ってる店舗の家賃は相当お高いらしく、人が住んだ歴史はないそうだ。


モダンなアーケードで、優雅な感じのお店が多い中、中央の十字型の近くの所にマックがあったのが場違いって感じで印象的だった。

 
 
そしてこのアーケードをすべりながら抜け、いざドゥオモへ。
 
 

ミラノのドゥオモは天井につきささるようにそびえ建っていて、ミラノのシンボル的存在。

 
たしかに、雨の中でんとそびえ立つ光景は、なんともいえず荘厳な雰囲気がただよっていた。


雨じゃなかったら、午後の自由行動のときに屋上へ登って、スイスの国境付近まで見渡せるというその風景を眺めたかったところなんだけどね。

 
 
中を見学して、雨のドゥオモをカメラにおさめ、次は昼食。


 
 
この日の昼食だけはツアーの中にふくまれていて、ミラノ名物のミラノ風リゾットと、ミラノ風カツレツを食しました。

 
 
 
そして、午後からの自由行動。
 
 
目的は買い物(笑)
 
 

友達がいろんな人にたのまれてきたらしく、雑誌の切り抜きでつくった買い物リストを持ってきていたので。

 
事前に調べておいた有名ブランド街へ行くため、スカラ座広場で雨の中地図を広げ、位置を確認。
いざ目的地を目指すも、方向音痴の3人組。

曲がらなきゃいけない角を大幅に追い越し、雨の中迷いに迷って、なんとか目当てのお店へ到着。

 
 
 
あたしはあんまりブランドものって興味がなくって(お金もない)、ふらふらーっと着いていっただけなんだけど。
 
でもひそかに前から欲しいと思ってたバッグがあるかなーなんて思ってたんだけど、なかった・・・(泣)

 
 

某有名店の店員さんは初めちょっと感じが悪くていやな感じだったんだけど、友達がその店員さんのことをかわいいって言ったら、それに反応して、「かわいい?」って日本語で聞いてきた。


そこですかさず友達が「YOU」って言ってみたら、そこから態度が一変。

ニッコニコしてました。

かなりうれしかったらしい(笑)

 
 
 
 
 
ブランドものに興味がないあたし。

興味がないといっても、でもかわいいのがあったら買うぞ、っていう意気込みはあるわけで。
 
 

ひとつだけ、あたしのリクエストで寄ってもらったのがミュウミュウで。

 
そこで、かわいい財布をゲットしちゃいました♪


大学時代ずっと同じ財布を使ってたから、卒業を機に新しいのに変えたいなぁと思ってて、いいのがあったらいいなぁと思ってたので、かなーりうれしい。
 
 
やっぱりミラノとかで買うとかなりお得なんだねぇ。

値段も全然日本なんかで買うより安くって、友達が買ってたのも全部破格だったし。
 
 
満足、満足。

 
 
そんなこんなで夜には雨もあがり、ライトアップされたドゥオモと写真を撮り、日本語メニューがあるレストランで夕食をとり、タクシーでホテルへ。
 
  
 

この旅行で、タクシー代ってけっこうかかったかも。

3人で割ってるから1回1回はそんなでもないんだけど、なんだかんだ毎日使ってたからねぇ。

うちの添乗員さんはけっこう心配性で、あんまり地下鉄とかバスとかを使うのはすすめなかったもんで。

ホテルもわりと都心部から近かったけど、チップとかも払うとけっこういってたからなぁ。

 
 

 
この日の夕食は、ベタにボンゴレスパゲティをたのんだんだけど、まぁ、おいしかった。

アーケードに入ってたお店だったからけっこう高級だったみたいで、後の日に比べるとお高めのお値段でした。

日本と比べると、変わりないけどね。

 
 
 
 
今日も昨日と同じホテルに泊まり、早めに就寝。

しようとしてたのだが・・・。


寝る前のひととき、ガイドブックを読みつつまったりしてたら発見してしまった!


ガイドブックのスフォルチェスコ城のページに。

「併設されてる美術館の最後の展示室に置かれているのが、ミケランジェロが死の直前まで製作を続けていたという、荒削りなままの未完の大作、”ロンダーニのピエタ” ミラノに来たからには見逃せない傑作だ」
などという記述が!

  
 
 

 
見てない・・・・・。
 
 
 
 
 
うちらはなぜか順路を逆流してきたから最後の最後まで見てないんだ・・・・。

っつーか、ネコとか撮ってる場合じゃないし!

はうー。
 
 
そんなこんなで悲しみのミラノの夜はふけていきましたとさ。


ミラノはこれでおしまい。
明日はフィレンツェに移動です。

 
 

日本脱出。

2002年3月5日
朝4時に起床。

重いスーツケースを彼氏さんが持ってくれて、駅まで歩く。
外はまっくら。
 
 
 
今日からイタリアへ、卒業旅行。

成田に9時集合なので、近くの駅から2時間かけてリムジンバスで移動。


ぼーっとしてたら、電車の切符をなくしたらしく、仕方なくお金を払った。
 
 

めったに切符なんてなくさないのに。 
なんか、いやな予感・・・・。

 
 
空港に到着して、友達と合流して、ツアーの人達とも合流して、いざ出発。
 
 

飛行機で12時間かけてアムステルダムへ。
そこから乗り継ぎ、イタリアへ入国します。


飛行機が飛んでも、まだあたしたちのテンションはあがらず、ほんとにイタリア行くのか??って感じ。

 
機内では座ってると脚がむくんでつらいので、ビジネスクラスの方を見学に行ったり、飛行機の後ろの方でずっと立ってしゃべったりしてた。
でもやっぱり12時間は長い!!

 
 
 
アムステルダムに着いて、ミラノ行きの飛行機に乗り換え。

 
アムスまでは、3人並んだ席だったんだけど、ミラノ行きはあたしだけが2列後ろの席だった。

がーん。


まぁ、でも1時間ちょっとだし、寝てればすぐすぐ、なーんて思ってたらあたしの隣の方は、麻薬密売人のような形相・・・・・。


ドキドキドキドキ。
 
 
夕方発の飛行機だったので、窓の外がとってもキレイな夕焼けで、パープルとイエローとオレンジがまざった、なんともいえない素敵な色だったわけ。


で、あたしはずーーーっとそれを麻薬密売人のようなお方の顔ごしにみつめていたら、そのお方は視線を感じたらしく、バチっと思いっきり目が合ってしまい・・・・・。


ソーリー・・・・。

 
そこからもうドキドキしてしまい、眠れずに一人じっとミラノに到着するのを待っていました。

 
 
 
そんなこんなでミラノに到着。

もう夜の8時なので、この日はバスでホテルに行き、就寝。


ホテルは、予想外になかなかキレイなところで、満足満足。
 
 
さぁ、まだイタリアに着いた気がしなーいとかほざいてるあたしたちの旅。


イタリア人になりきれるのは、いつになるのでしょうか(笑)
 


 

しばらく旅に出ます。

旅行の計画からいろいろあって、ここまでのなんとも早かったこと・・・・。
 
 
 

なんにも考えてないあたしたちの旅はどうなることでしょう。
 
 

一番うれしいことはスギ花粉のない国へ行けるってこと!
最近花粉症が出てきて、鼻のかみすぎで鼻の下カピカピだから、その顔で写真に写るのはやだけどさぁ。
 
 

まぁ、ここ最近のあがってんだかさがってんだかわかんない自分のテンションを落ち着かせるためにも、この旅行を満喫してこようと思います。

では。
 

さまよう。

2002年2月27日
最初から、わかっていた。
こんなことを快く承諾する親はいないだろう。


最初から、あたしは彼に言っていた。
「親の反対を押し切ってまで、一緒に住むことはできない」と。

 
父の無言の圧力が痛かった。

「反対してもどうせ聞かないんだろうから」

その一言が、痛くて痛くて。

 
 
自分でもわかっていた。

 
親の反対を押し切ってまで一緒に住むこと、それができないなら、そこで気持ちがゆらぐならやめたほうがいいんじゃないかと。
 
 
いっぱいいっぱい考えて、話し合って、やっと決心したはずなのに。

快くではなくても、OKをもらえて、すっきりするはずだったのに。

笑顔で、がんばろうって言えるはずだったのに。
 
 
 
父の気持ちを考えると、涙が出てくる。

母だって、一応は賛成してくれたけれど、心配している。
 
 
親の気持ちがわからないわけではないんだ。

 
わかるからこそ、今前に進めないでいる。
 
 
ごめんなさい。

心配かけてばっかりの娘で。

 
ごめんね。

いつまでも決心できなくて。

壁。

2002年2月20日
昨日、成績表を取りに行った後、卒業旅行の打ち合わせをした。
 
 

申込書を書いて、保険料を払って、一時友達に立て替えてもらってた旅行代金を払った。

あと、フリータイムの細かな旅程を決めるはずだったんだけど、時間がなくて断念。

その後に、旅行に行くうちら3人+1人でごはんを食べる約束をしていたので。
 
 

その1人ってのは、もともとは旅行に一緒に行くはずだったんだけど、急に行かないと言い出した子。

なぜ行かないかっていうと、今までのうちらのドタキャンや遅刻が原因らしい。

まぁ、ドタキャンって言っても少なくとも前日だったし、体調不良が原因だったりするし、遅刻だって、そりゃ最近はうちらのほうが多かったけど、昔はその子に一時間くらい待たされるのがほとんどだった。
 
 

確かに、友達だしっていう安心感や甘えみたいなのがあって、そういうきちんとすべきことをおざなりになってしまったのは悪かったと思っている。

それはみんなで話し合って、これからはちゃんとしようってことになった。
 
 
 

でも。
急に旅行に行かないなんて言い出して、でも昨日みたいに普通に遊びに行ったりする日とかは普通に参加するっていうし、学校で会ったりしても今まで通りだし、それってどうなのって思ってた。

今まではそんな不満を一度も言われたこともないのに、急にそんな不満を言われて、でもそれ以外は普通によろしくって言われたって、そんなのうまくいくはずがない。

旅行の打ち合わせだって、こんなふうにこそこそやらなきゃならないし。
 
 
旅行に行かないって言われてからまだ数えるほどしかみんなで会っていないけど、やっぱり微妙かもしれないな、と今日思った。

今日だって、彼女は遅刻してきたし。
しかも謝らないし。

あたしたち3人は遅刻されたくらいでは気分を悪くするほうではない。
なのに、自分のことは棚に上げてうちらの非難ばかりされちゃ、うまくやっていく自信なんて持てないよ。
 
 
 

「まぁ、もう卒業だしいいか」
なんて思えない。

その程度の関係だったとは思いたくない。

卒業します。

2002年2月19日
卒業確定。
今日学校に成績表を取りに行った。

まぁ、単位もちゃんと取っていたし、卒業研究の単位が認定されたのももうすでにわかっていたので、安心してたけどね。

ちゃんと書面になってるのを見て、ほっとしました。

そういえば、うちの学校は実家に成績表が送られることはなくって、あたしは1年生から一度も親に成績表を見せたことはない。

だって親に見せなさいって言われたこともないし。

 
 

そしたら。

こないだ、急にお母さんに「そういえばあんたの成績表見たことないんだけどぉ」なんて間の抜けたこと言われた・・・。

いまさら、じゃないっすか・・・。

 
 
やっぱりうちのお母さんってあたしに興味がないらしい(笑)


いっしょに歩こう。

2002年2月18日
一緒に住むって話が出たのは、いつだったろう。

あたしたち二人は3月に大学を卒業するけれど、就職をしない道を選んだ。

あたしは、彼のようにしっかりした考えからではなく、まぁ、やりたいことがあって夢があって、でも逃げみたいな部分も多少あるっていう感じで、人に誇れるような道ではないけれど。
 
 

なんか違うと思いながらやっていた就活を夏休み明けにやめて、彼に出会った。

それまでは、なんだか自分の夢に自信が持てなくて、就職してからでもその道に行けなくもないし、親の希望通り、ちゃんと就職しなくちゃ、と思っていた。

自分に嘘をついているような、でも自分もそれを望んでいるような、よくわからない感じ。
実はそれは今も、はっきりとはしていない。

友達やまわりの人が卒業して、ちゃんと社会人になろうとしているのに、自分はいつまでこんな子供みたいな考えでいるのだろう、と思う。
 
親にも心配かけてばっかりで本当に忍びない。

 
 
 
けれど、彼の考えを聞いてると、この道で精いっぱいがんばりたい、とそう思える。 
 
 

出逢ったばかりの頃、将来についての不安は今よりもたくさんたくさんあった。

その中のひとつにこの道を選んだことによっての経済面への不安があって、今までは親からの仕送りで生活をしていた身だし、本当にひとりでやっていけるのかと思っていた。

そんなことを話していて、「じゃぁ、一緒に住もうよ」って話になったのが最初かもしれない。

確かに、都心に住むには一人では狭い部屋に高い家賃を払うってのが普通だし、二人で家賃を折半すれば、少ない収入でもだいぶ楽になる。
 
 
 

けれど、始めはあたしはそれは無理だって思ってた。

今まで付き合った彼氏とも、あんまりいつも一緒にいすぎるのは好きじゃなくって、自分の家とかに来てもらうのは好きじゃなかった。

いつも一緒にいすぎると、なんかうざく感じてしまって、うまくいかなくなるような気がしていた。

 

でも、彼とは違う。
付き合い出してから、ほとんどの時間を一緒に過ごしているけれど、もうほんとに生活の一部のようになっている。

最近ではちょっと会わないと、なんだかヘンな気分。

友達にも、びっくりされる。
今までのあたしとはだいぶ違っていて(笑)
でもそれだけ、合ってるってことなんだねってうらやましがられる。

 
 
始めは無理だって思ってたあたしも、だんだんこの人とならやっていけるかも、って思い始めてでも、まだとまどっていた頃。

その話をしていて、もう頭の中がぐちゃぐちゃで「あーもうどうしよう」って言ってたら、真面目な顔で「一緒に住もう」って言ってくれた。

いつも「住もうよ」って言われて、あたしがふざけて「えーやだ」とか言ってて。
そんな雰囲気でしか言われたことがなかったので、そのときは密かに涙が出そうになった。

 
 

そんな彼と、4月からふたりで暮らすことに決めました。

今日部屋を見てきて、いい物件があったので決めてきました。

 
なんだかしんじられないけれど。
まだまだすべきことはたくさんあるけれど。
これからどんな困難な道が待っているかわからないけれど。





ふたりなら大丈夫だと、信じたい。
 

大切な年月。

2002年2月17日
今日で3年続けたバイトも終了。

でも特にいつもと変わったこともなく、失敗もなく、無事に過ぎていった。
よかったよかった。
 


「3年続けるってすごくないですか?」って1年生に言われた。

でもうちのバイトは入学してから卒業までやるのがけっこう普通。
あたしは1年の終わりから始めたけど、入学してから4年間続けた人は多い。

だって、始めの面接のときに、
「長期でできますか?」って聞かれて、
「はい」って言ったら、
「じゃぁ、卒業までできるんだな」ってつぶやかれたし(笑)

3年間のうちに何回かバイトをかけもったこともあるけど、ここまで人間関係がよくて、社員さんとも接しやすくて、時給もよしってバイトは、なかった。

仕事も、サービスカウンターの仕事を任されるようになって、それまでの自分がいかにいい加減にバイトしてきてたかっていうのがわかったし。

ほんとにいい経験をしたなぁって思う。
 
 
 
最後は、あっさり。
エプロン返しにこなきゃいけないし、あいさつはまた改めてね。

 

いやぁ、でもMさん(仲いい社員さん)と離れるのはまじでさみしいかも。

これって恋かしらね?(笑)


なんだか久々のバイト。
18日で、3年続けたこのバイトともお別れなので、さみしいようなうれしいような・・・。

で、今日はなんと教育係を任されてしまったのです。

現カウンター嬢は4年生か、就活中の3年生がほとんどなので、そろそろ増員しなくてはならないわけです。

っつーか、遅いよ!
すでにやめちゃってる子もいるし、あたしもあと3回くらいだし、いくら店が混まない時期だからって、来月になったら忙しくなるし、そのとき困っても知らないぞ。

あたしが2年前、急にカウンター嬢に抜擢されたのはたしか成人の日だったな・・・。
 
 

で、あたしが今日教育したのは、かわいがってる2年生。

ってか、あたしが教えていいのですかね?

仲のいい社員Mさんに、「心配だなぁー○○さんが教えるのかぁ(笑)」とか言われてみたり・・。

まぁ、確かにあたしは問題カウンター嬢ですが。
合鍵作る機械を壊しそうになったのは後にも先にもあたしひとりでしょう。

 
 
教えたRは、ほんとにカウンター嬢になるのを嫌がってて、どうしようどうしようばっかり言ってた。

まぁ、気持ちはわからないでもないです。
あたしも2年前は相当いやだった。

だって難聴だから電話の声聞きとれないし(笑)、クレームの電話とか、合鍵とかむずかしそうだしさぁ。

あたしがまだただのレジ係だったとき、何かあるとすぐに「サービスカウンターの方にお願いします」とか案内してたし(笑)

 
その、何かあったときの対処を全部自分でやらなきゃならなくなって、始めは失敗ばっかりだったけど、いろいろ勉強になった。
成長できたと思うし。

 
それに、慣れるとけっこう楽だし。
話好きのおじさんとのんびり話してるだけで、時間が過ぎてったりしちゃうしね。

 
だから、Rにもがんばってほしいなと思う。

そのためにもあたしは、あたしが教えられることの全てをきっちりと教えてあげたい。
 
 
でも今日久々に失敗しちゃったんだけどね・・・。


あうーダメじゃん!
春休み。
こんなに長いお休みはもう一生ないだろうと思うお休み。
 
 

だけど、あたしはなんだかヘンです。

今までどんなことにも耐えてきた心がだんだんもろくなってきてるみたい。
別にこれといった大きな出来事があったわけでもなく、いつもと何ら変わりない毎日なのだけれど。

年を重ねてくると、心も体もおつかれよ。

 
 
考えることがたくさんあって、今までは卒研のことでいっぱいだったから、考えるのは後回し、なんて言ってられたけど、いざこうやって何にもすることがなくなって、問題と向き合っていかなきゃならなくなって初めて、あぁ自分は逃げていただけなんだなぁと気付く。

 
 

いやなことから逃げるクセはいつまでたってもなおらない。
 
 

よく考えもしないで、パッと行動に移してしまう。

これは、あたしの長所でもあり短所だ。

大きな決断。

2002年2月1日
今日親友が大きな決断をした。

よく決心したなぁと思う。

精神的にもろい子で、いつもあたしが相談にのってあげなきゃ、って思ってたけど、いつの間にそんなに強くなったんだろう。


 
これから目の前に大きな壁が立ちふさがるかもしれない。

けどね、それを壁だと思ってるからつらくなるんだよ。
前だけ向いてるからつらくなるんだよ。


 
そういうときは立ち止まって、後ろを振り返ってみてもいい。

振り返った道には、いくつもの笑顔があるから。

あなたの選択は間違ってないんだから。
 
 
 
4月から同じ状況になるあたしたち。

「さやに影響された部分、おっきいよ。あたし一人じゃ、こんなことできなかった」
って言ってくれた。

ふたりでがんばっていこうね。

 
夢を追うことを諦めきれないのは、まだまだ子供な証拠なのかもしれない。
 
 
 

でも、子供でいいじゃん。

ふたりでいつまでも子供でいようよ、ね。
キャピろうの会、第一回の集会開催@新宿。

卒業確定(おそらく)を祝って打ち上げ。

2月の中旬に成績表をもらわないと、確定かどうかはあやしいけど、みんなちゃんと単位は取ってるし、卒研の必修単位がもらえることが決まったからもうほぼ確定。
 

まず、卒業旅行の計画。

もうね、行けないかと思ってた。
いろいろあったし、ずっと卒研で忙しくて全然話し合いできなくって、気づいたらもう一ヶ月前だし。

でもなんとか予約も終えました。
 

予定通り、イタリアへ♪
行きたいところがいっぱいあってちょっとずつ妥協しながらだけど、定番のコースはおさえてるし。
安くすませられたし。

よかったよかった。
 
あとはバイトして資金を貯めなくては!
 
  
 

その後、居酒屋へ。
5時間居座った(笑)

でもうちららしく、食べもののオーダーの方が多かったぞ。

昨日もゼミの飲み会だったけど、あんまりおいしくないお酒だったからあんまり飲めなくって不満だったから、いっぱい飲んじゃった。


いろんなこと語った。
みんな就職することへの不安がいっぱいらしくって、あたしはのんきだなぁと思った。

あたしが一番不安にならなきゃいけない立場なのにねぇ・・・。

 
でも、みんなでこうやって集まることは、社会人になっちゃったらなかなかできないんだろうなぁ。

まだ全然卒研が終わった実感も、卒業するってこともピンとこないけど、実感として感じられるようになるのは、もうみんなバラバラになっちゃってからなんだろうな。


 
 
居酒屋で飲んだ後は、プリクラ。

みんなで撮るのなんてかなり久々(笑)

キャピろうの会として、これははずせないイベントです。

天井にカメラがあるやつとか、もうほんとプチカルチャーショックね。

あたしは最近彼氏さんと撮ったりしてるので、ちょっとは詳しいから、得意気に説明したりしちゃいました。

 
でも失敗(笑)

あれってみょーにせかしてくるよね。
残り何秒、とかってさぁ、焦るよ!
 
 
でもまぁなんとか撮り終えた。

なかなかキャピってるじゃないの、あたしたち(笑)
 
 
その後は予定通り、オールでカラオケ。

あんなに騒いだのは久々だわぁ。

あと3時間は騒げたかも。
まだまだ若いのぅ、あたしたちも(笑)
 
 
 
卒業までにあと何回キャピろうの会の集会はできるのかなぁ。

まだまだキャピり度がたりないわ!

終幕。

2002年1月29日
ついにすべてが終わった。

今日であたしの学生生活は終了。

 
 
 
今日は発表会と展示会で、無事にすべてを終えた。
 

どの提出もギリギリで、そんな自分に嫌気がさしたケド。

 
みんなの作品と比べてへこんだりしたケド。
 

パワポの出来に満足いかなかったりしたケド。
 

発表会で質問されて満足に答えられなかったりしたケド。 
 
 

昨日の夜、学校で作品の展示をしてて、みんな帰って誰もいない教室で展示された自分の作品を改めてながめてみたとき。
 
 

満足感で胸がいっぱいになった。

 
そりゃみんなの、とっても芸術芸術してる作品から比べたらちゃちいものかもしれない。

だけど、あたしが満足できたから、それでいいのだ。
 

誰かと比べることなんてない、

自分の中で納得できれば、それでいい。

 

卒研にあまり時間をかけていなくて、いつもの設計課題となんら変わりない作品になりそうで、なかなかがんばろうとしない、そんな自分がイヤだった。

 
 
けれど、がんばれた。


明日は別の研究室の発表会。
あと学校に行くのは卒業式だけなんだな。
終わった後、なぜか友達としんみりしちゃった。

 
4年間忙しくて、いつも課題に終われてて、建築に向いていないと気づいてしまったあたしにはとってもつらい勉強だった。

だけど今日だけは、この道を選んで後悔なんてしてない。


 
さーて、学生生活残り2ヶ月。
何しよっかなぁ。
 
 
 
とりあえず、キャピキャピしてみますかっ!
今日は、ななぶぅ、ひなっちゅ、メルちゃん、たろと番組観覧に行ってきたのです。

卒研の発表が5日後に迫ったというのに・・・。
 
 
でもでも!

ごろーちゃんが生で見れるチャンスなんてそうそうないっしょってことで行ってきちゃいました。

スマスマの収録を見るためには「TVチャンピオン」の収録の観覧もセットで、あんまり見たことない番組だったし、どんなんかなぁって思ってました。


そんな気持ちでぼーっとしてたら最前列ど真中に座らされて(笑)

司会の二人と榎本加奈子が目の前に!

ってか、榎本加奈子が映るとその画面の右上にあたしの首あたりが映ってるぞ、みたいな(笑)

 
そしてこの番組は、席が真ん中で割れるのですねぇ。

なんとあたしとひなっちゅの間が境目だったんですねぇ。

せきがぁ〜わ〜れるのよ〜ぅ。


あたしはブルーのニットを着てて、ひなっちゅは赤を着てたんだけど、カメラがひいて全体が映ったとき、目立つのなんのって!


番組は意外におもしろくって、一生懸命見入っちゃったし、榎本加奈子は超かわいいし、テレビに映るんだぁと思って久々に緊張感を味わってたし(笑)で、すんごい楽しかったぁ。

 
 
んで、ウキウキ気分でたろと合流。

そうですねぇ、みんなの日記を読んでご存知のとおり、なんと彼は収録に参加できなかったのです。

待っててもらってる間に、絶対何か食べてるよねぇってみんなで噂してたら、やっぱり食べてた(笑)


しかし、おなかがすきすきの女性陣。
いったん学校に戻るひなっちゅと別れて、ななぶぅおすすめのあるブツが食べられるというカラオケ店へ行く。

 
そのブツとは、パン一斤の上に生クリームやらフルーツやらいろいろのってるやつ。
http://www.gem.hi-ho.ne.jp/taro111/bread.jpg画像はたろ日記より。)

最近カフェとかにあるメニューで雑誌で見たりしたことあったけど、一斤もあるなんて知らなかったよぉ。

おなかもすいてるし、おいしそうだし、食べちゃえってことで1人1個注文。


運ばれてきてびっくりだってば。

こんなにおっきいの?ってか一斤??

 
で、初めはよかったのですよ。

 
 
 
しかしですね、
 
 
はちみつがどっぷりとしみこんでて、あたしはキャラメルソースがかかってるのを選択したもので、ずぶずぶにあまあまで、もうほんっとに無理でした。

もともと甘いものよりは、辛いしょっぱい系を好むとってもおやじぃなあたくしは、つらくてつらくて。
 
ちょっと残しちゃったけど、もうほんとにおなかは限界。


久々にグロッキー。

もう、いいです・・・。
 
 
 

カラオケの後にひなっちゅと合流。
ひなっちゅおすすめのお店へ行くも、あまり食べられず。

つけものがあんなにおいしく感じられるなんて・・。
 
 
で、その後スマスマの収録へ。
 
ごろーちゃんはふっつーでした。
ていうかあたしは、中居くん@顔グロを見れたほうがうれしかったぞ。
ほとんど後ろ姿だったけど。
 
 
まぁ、そんなこんなで深夜にタクシーで帰宅。
とってもアクティブな一日でした。
 
 
っつーか、あたし的にメインだったスマスマについての記述が一番少ない・・(笑)

 
 
本日の感想。 
 
もうあなたなんて見たくないわ・・>パン。
今日の雨、すごかったよね!
実は雨はそんなにキライではない。
音とかがね、すきなの。


でも学校行く日は別!
だってチャリに乗れないんだもん。
バスきらいー。

 

そんなこんなで今日はレジュメ提出の日。
これを出さなかったら卒研が不可という、実はけっこう重要なものだったり。

なんだか卒研関係のものを提出する日っていつも天候不良。

だって一次提出の日も雨だったし、本提出の日はいきなり雪だったし、今日は雨。
なんのこっちゃい。

土曜日に先生に直されたとこもう一回見せて、またダメ出しくらった・・・。
でも半分はほめられて、あたしってすげーと思った。
卒研のことで先生にほめられたのって初かも(笑)

まぁ、そんなこんなでなんとか提出しました。

後はまぁ、こまごまとやることはあるけど、なんとかなるでしょう。


今日は友達が車で来ていたので、帰り乗せてもらって、夜ごはんを食べにサイゼに行ってまったりしてた。

で、卒研出し終わった日の打ち上げのこととか、卒業式の後の打ち上げのこととか、謝恩会の後の打ち上げのこととか話し合ってて、すっごいワクワクした気持ちになった♪

友達が、残りの学生生活キャピキャピしたーいって言い出したので、思いっきりキャピキャピすることを目標にした。

 

あー早く卒研終わらせてキャピキャピするぞ!

ふぇーん。

2002年1月19日
今日は土曜日なのに学校へ。

月曜に提出するレジュメの下書きを先生に添削してもらうため。

昨日の夜がんばってつくったけっこう自信アリな感じのレジュメを持って颯爽と先生に見せに行ったら、サクッとダメ出しされた・・。

添削時間3分。

 
 
ふぇーん。


まぁ、どういうふうに直したらいいか教えてくれたからよしとしよう。
うちの先生はいつもダメって言うだけで、どういうふうにしたらいいか教えてくれないのよね。


来週からは発表会に向けて忙しくなる。
まだまだ手直ししたいところがいっぱいのあたしの卒業設計。

4年間、設計課題に苦しんできたけど、もうこれで苦しむのは最後なんだ・・と思うとほんのちょびーっとだけ淋しいけど、がんばるのだ!

よっしゃ! 
 
 
 
 

れすあります↓

長い間。

2002年1月17日
今日は彼氏さんとつきあって三ヶ月記念日。

お互い卒業に向けて忙しい時期だったってこともあったけど、ほんとにあっという間の時間でした。

なんか一緒にいるとほんと素のまんまのあたしでいれるし、たった三ヶ月なんて信じられない。
もっともっと長い間一緒にいるような、そんな気がしているのだ。
  
 
 


三ヶ月って節目っていう感じがするわけ、あたしの中では。

そろそろラブラブモードも消えかかり、なんかいろんなことがおざなりになっていくっていう感じ。
(別に実体験ではないけど・・・笑) 
 
 


でもねー初めからほんと素のまんまで向き合ってるふたりなので、もうすでにいろんなことがおざなりになっている(笑)

おざなりっていうか、馴れ合いっていうか。

いや、あたしだけ?(笑)
 


でもそれは馴れ合いっていうなんかマイナスな感じのする言葉で表すのは違うなぁ。

うーん、落ち着く・・・かなぁ。
でもねでもね、これですっぽり落ち着いちゃってだらだらりんとしてしまうのはいかんのですよ!
 
 
 


ということであたくしはこれからオンナを磨くことに決めたのです!
(おそい・・・)

なんかすぐにちっちゃなことに文句をつけるのももうしない!
(いつも言ったあとに心の中で後悔してるんだよ?>彼氏さん)

 
いつもいつも新鮮な気持ちを持ち続けて向い合っていきたい。 
 
 
 
 


ずっとずっといつまでもネ。
(。-_-。)ポッ

夫婦漫才、再び。

2002年1月15日
わーい♪

帰ってくるのだ。
 
 
バイト先の社員さんが、うちの店に帰ってくる。


7月までうちの店で店長代理をしてて、店長に昇格して他店に行ったMさん。

最近、ほとんどいないうちの店長の交替要員としてうちの店のヘルプに来てて、会う機会
が多かったんだけど、本格的にうちの店に来るらしい。

けど・・
うちの店長は次長も兼任してるから、社員さんはうちの店で修行して、それで他の店へ送
られるって感じになってる。
で、うちの店に戻ってくるってことはまた修行のし直し、つまり降格なのだ。
 
 

なんか複雑だなー。
最近元気ないし。
存在感もないし。(爆)

 
まぁ、そりゃ7月まではうちの店にいたんだからバイトのメンバーもほとんど知ってて、
居心地悪いんだろーなぁ。

 
Mさんとあたしは波長が合う。
みんなにも「夫婦漫才してるみたいだよねぇ」っておもしろがられてた。
 
 
あたしはもうちょっとでやめちゃうけど、Mさんには早く元気になってもらって、がん
ばってほしいなぁ。

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